ミッドウェーという第二次世界大戦の書籍を以前読んだ。
当時、今の日本の状況とまだまだ似ていると痛感した。国民性はあまり変わらないものだと思った。
今も読み直してみても、企業経営、政治にも思い当たるものがあり、よく分析されていると思う
「合理性を欠くわが国民性は、やることなすことが行き当たりばったりで、相互の間に理屈が合わない。セクショナリズムの国民性はものを見る視野が狭く、やることが独善的である。因襲から容易に抜けきれない国民性は、気がついても、ただちに180度転換の進歩的革新を行うことができない。熱しやすく冷めやすい国民性は、すぐ思いあがって相手を見下げる。かと思うと自主邁進の気迫に乏しい日和見的な国民性は、他力本願になりやすく、卑屈な事大主義ともなる。合理性を欠くために、希望と現実を混同して、漫然とことに臨み、破れてのち、初めて名論卓説を述べる。」(「ミッドウェー」淵田 美津雄、奥宮 正武 著より)
第二次世界大戦の軍上層部の動きを読んでも非常に思い当たる。
もっと気になるのは、米国では軍の教科書として使っているようだ。日本人も認識していない弱点をこういった書籍を活用して分析するところは、きちっと相手のことを知って対応するという国民性の違いを感じた。
ミッドウェーではないけれど、同じ著者の「機動部隊」という書籍では
「チョコレートやコーヒーがひとときかけても戦えぬ、といったような贅沢を言っている米軍に対し、梅干しと握り飯さえあればと、困苦欠乏に耐える日本軍がなぜ負けるのだろうか?ということであった。近代戦の様相はもはや精神力だけでは補えない。」
精神力、好きだものなぁ。あと、走りながら考える、というやつ。ある程度考えてから走りながら考えるのは意味があるが、全く前が見えずとりあえず走ってみるということも結構多いと思うが、反省すべきところかな、と思う。この点に関して言えば、OSAFのChandlerプロジェクトでも(「Dreaming in Code: Two Dozen Programmers, Three Years, 4,732 Bugs, and One Quest for Transcendent Software:
Scott Rosenberg」より)「「ready,fire,aim」という状況だった」とあったので、日本だからというところもないかもしれないが、失敗プロジェクトから学ぶ点は多いと思う。
ちなみにミッドウェー、機動部隊とも昭和26年の書籍であるが、全く古さを感じさせない普遍性があり、勉強になる。
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